東京高等裁判所 平成6年(う)1016号 判決 1995年9月06日
裁判所書記官
宮川雅男
本店所在地
京都市西京区上桂御正町六二番地七
有限会社スカイ商事
(代表者取締役 金石こと金茂雄)
国籍
大韓民国
住居
神奈川県鎌倉市山崎一五四二番地二
会社役員
金石こと金茂雄
一九四四年九月一三日生
右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成六年六月二一日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らからそれぞれ控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官横田尤孝出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人林良二名義の控訴趣意書に記載されたとおり(量刑不当の主張)であるから、これを引用する。
そこで調査するに、本件は、日用雑貨等の販売及び斡旋並びにレストラン、パブの経営などを目的とする被告人有限会社スカイ商事(以下「被告会社」という)の取締役としてその業務全般を統括していた被告人金石こと金茂雄(以下「被告人」という)が、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、売上を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、(1)被告会社の平成二年三月期における実際所得金額が七〇六九万三三〇〇円であったのに、所得金額が四〇九万六六六〇円でこれに対する法人税額が一一八万七八〇〇円である旨記載した虚偽過少の法人税確定申告書を所轄税務署長に提出して、正規の法人税額との差額二六二〇万九四〇〇円を免れ、(2)被告会社の平成四年三月期における実際所得金額が一億五三八九万四六七六円であったのに、所得金額が二六三万七九六二円でこれに対する法人税額が七三万八六〇〇円である旨記載した虚偽過少の法人税確定申告書を所轄税務署長に提出して、正規の法人税額との差額五六二一万一六〇〇円を免れた事案である。
このように、本件は、二事業年度にわたって合計八二四二万円余の法人税をほ脱したものであり、二期平均のほ脱率は約九七・七パーセントの高率に上っているところ、犯行の動機は、所論にもかかわらず、結局は利己的なものに過ぎないと認められ、格別斟酌すべき事情があるとはいえない。犯行の態様をみると、被告人は、被告会社の法人税確定申告事務を依頼していた在日本朝鮮人神奈川県湘南商工会には税務調査は入らないとの見込みの下に、各期の確定申告に際し、同商工会の理事長に虚偽の説明をして基本販売手数料等の売上を大幅に除外させるなどし、各期の最終的な納税額が一〇〇万円程度になるように損益の計算を操作しており、強固な犯意に基づく大胆な犯行であることが明らかである。被告会社及び被告人の刑事責任を軽視することはできない。
そうすると、前示二期分の本件脱税に関し、修正申告の上、本税の全額を納付したほか、その余の重加算税等合計約四九〇〇万円についても、原判決後の平成七年三月から毎月一〇〇万円ずつ分納していること、被告人は、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律違反により罰金刑に処せられた前科を有するのみであり、本件税務調査の段階から素直に事実を認めて反省の態度を示し、今後は納税義務の重要性を認識した上、二度と脱税には及ばない旨を誓っていることなど被告会社及び被告人に有利な諸事情を十分考慮しても、被告会社を罰金二五〇〇万円(ほ脱合計額の約三〇パーセント)に、被告人を懲役一年(三年間執行猶予)に各処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
なお、所論は、本件脱税に関し、重加算税の上に、被告会社に罰金刑を科し、被告人に執行猶予付きとはいえ懲役刑を科すのは、同一事実について三重の処罰をするものであって不当である旨を主張するのであるが、重加算税は、行政上の制裁であって、刑罰とはその趣旨、性質及び要件等を異にするから、重加算税のほか、同一行為に対して罰金刑その他の刑罰を科しても、憲法三九条にいう二重処罰には当たらない(最高裁昭和四五年九月一一日第二小法廷判決・刑集二四巻一〇号一三三三頁等参照)。
よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 森眞樹 裁判官 林正彦)
○控訴趣意書
被告人 有限会社スカイ商事
同 金石茂雄こと金茂雄
右の者らに対する法人税法違反被告事件につき、弁護人は次のとおり控訴の趣意を提出する。
一九九四年九月九日
弁護人 林良二
東京高等裁判所第一刑事部 御中
記
被告人及び弁護人とも控訴事実につき争っていないので、控訴の趣旨は量刑不当にある。
一 第一審での検察官の求刑は、被告人有限会社スカイ商事に対し罰金三〇〇〇万円、同金石に対し懲役一年であったところ、原審は被告人法人に対し罰金二五〇〇万円、同被告人個人に対しては懲役一年執行猶予三年の判決であった。
二 重加算税を含めると実質的には三重罰である。
被告人有限会社スカイ商事の脱税額は平成元年及び平成三年の二年間で合計八二、四二一、〇〇〇円であるところ、被告人会社は重加算税を含めて金九二、五四九、七八一円の納税をした。したがって、被告人会社は約一、〇一二万円の正規の税より多くの金額の納付している。
重加算税は実質的な行政罰にほかならなく、右金額の一部は延滞税のような金利分とは異なる一種の罰である。
そして、原審判決は同被告人会社に金二五〇〇万円の罰金刑を科したが、これは右に述べた重加算税等の行政罰にさらに刑事罰を科するものである。行政罰と刑事罰との違いはあれ、重加算税も刑事上の罰金も経済的な負担という意味では違いはなく、その限りでは一行為に対する二重処罰に近い状態を引き起こしている。
そもそも、所得自体が違法なものではなく、脱税のために過少申告したことが違法な行為に過ぎない。したがって、犯罪行為の処罰の目的の範囲内で刑が科せられれば、機能を果たすこととなる。
その点では、収賄罪における受領した金員とは意味が違い、賄賂が全額没収の対象となるのとは明らかに異なっている。
さらに、法人税法の両罰規定によって、被告人金茂雄に対しては三年間の執行猶予付きとは言え一年の懲役刑が科せられた。被告人法人と被告人とは別人格ではあるが、犯行は現実的には被告人金の意思によって行われているのであって、実態から見るならば被告人金が重加算税と罰金を支払い、さらに体刑を受けることと何ら変わらないものである。
三 被告人金の情状関係
被告人金の情状関係については、一審での弁論要旨に述べるとおりであるので、詳細はそれに譲るが、以下簡単に指摘する。
1 犯行の動機
被告人金は在日韓国人であり、戦後においても日本での社会的、経済的、政治的な様々な場面での差別に遭遇し、自分で飲食店を経営後も公的な金融機関の利用等もしなかった。このようなことから、自分の生活を守るためには、自分と金銭に頼る外ないという考え方に染まってしまった。さらには、事業の失敗や老後の生活への不安から金を貯めねばならないという気持ちになり脱税行為に走ってしまった。
2 犯行態様
犯行の態様は極めて稚拙なものである。被告人は訪問販売を経営するものであるが、販売した商品はメーカーから直接に消費者に送られ、売上等はすべて明らかになってしまう。通常の脱税の方法は売上げ除外をすることによってなされるが、被告人の経営する訪問販売ではこの売上げ除外がほとんど不可能に近いものである。また、今回の件において、被告人自身十分にそのことを知ったであろうから、再犯に走る恐れはほとんどないと言える。
なお、この点に関し、被告人金石は原審の被告人質問における検察官の反対尋問で、納税義務の重要性を認識していると述べており、その点からも再犯の可能性は少ないものと思料される。
3 取り調べに対する対応
被告人金は、税務調査の段階から、調査に積極的に協力しており、当初から脱税の事実を認めている。
四 以上に述べたような被告人の情状に照らしてみるならば、一で述べた原審の判決は重きに失するものであり、ことに二で述べたように被告人金は同一事実につき三重罰を受けていると言っても差し支えなく、その点からも、原審判決は控訴審において変更されるべきものである。
以上